0082.さっぽろ雪まつり
 さっぽろ雪まつりは、1950(昭和25)年に札幌市や札幌観光協会などの複数の団体主催の下、地元の中高生が『ミロのヴィナス』『羆(ひぐま)』『裸像』など6つの雪像を、当時雪捨て場だった大通公園の西7丁目に設置したことをきっかけに始まった。また、この催しの名称については、市民に親しまれる簡明な名称がよいという関係者の意見により、「雪」以外はひらがな表記の「さっぽろ雪まつり」に決定した。第1回は雪合戦、雪像展、カーニバル等を合わせて開催。5万人あまりの人出で予想以上の大人気だった。ちなみに1回目の開催は、試験的な催しであり、翌年も引き続き開催される保証がなかったため「第1回さっぽろ雪まつり」という開催回数名は使われなかった。1953年には、高さ15mの大雪像『昇天』が初めて作られた。
 初めて自衛隊が雪像作りに参加したのは、1955年(第6回)で、西4丁目に制作された高さ10mのマリア像「栄光」だった。また1972年(第23回)からは、自衛隊と実行委員会で雪まつり協力に関する協定書の調印が行われ、雪輸送や大雪像の制作などで活躍している。
 1959年(第10回)には雪像制作に2500人が動員。初めてテレビ、新聞でも紹介され、翌年からは本州からの観光客も増えて大盛況となった。
 1965年(第16回)、第2会場として真駒内会場(陸上自衛隊真駒内駐屯地を使用)を正式に設置。1972年(第23回)には、冬季オリンピックが札幌で開催。「ようこそ札幌へ」のテーマで雪まつりは世界に知られるようになった。1974年(第25回)からは国際雪像コンクールがスタート。以後、瀋陽、アルバータ州、ミュンヘン、シドニー、ポートランドなど札幌とつながりの深い外国地域の雪像が制作され、国際色あふれるイベントとして発展。1981年にすすきの観光協会・すすきの氷の祭典実行委員会の主催による「すすきの氷の祭典」が開催され、1983年(第34回)に雪まつりの第3会場となった。また1990年(第41回)から1992年(第43回)の期間は市民参加拡大のため中島会場が設置されていた(1993年(第44回)以降は大通西12丁目に移動)。1992年(第43回)には雪・氷雪像が366基と過去最高を記録した。
 雪まつりの開催期間は、第1回は1日だけだったが、回を重ねるごとに期間が延長され、第38回(1987年)から7日間となった。基本的には2月5日から11日の日程だが、11日が土曜日か日曜日と重なった場合は6日から12日の開催となる。
 ちなみに大通会場は大通西1丁目から西12丁目まである、全長約1.5kmの大通公園を利用している。過去の雪まつりで利用された丁目は異なるが、1977年(第28回)と1993年(第44回)以降は、1丁目から12丁目まで公園のすべてを会場としている。
 2004年現在、さっぽろ雪まつりは札幌市・札幌観光協会・札幌市教育委員会・札幌商工会議所が主催、さっぽろ雪まつり実行委員会(1959年(第10回)より設立)が主管。陸上自衛隊第11師団を基幹とする北部方面隊と札幌市大雪像制作団が大雪像を制作、その他市民グル-プ、民間団体、国際雪像コンク-ルに参加する外国人グル-プ等が雪像・氷像を制作している。
 2006年(第57回)より、これまで家族向けの第2会場として長く親しまれてきた真駒内会場が、陸上自衛隊による雪まつり支援の縮小をきっかけに廃止されたことに伴い、サッポロさとらんど会場が新設されることとなった。

作成 2004.02.08/更新 2005.11.10
北海道雑学
<0081  北海道雑学研究会TOP  0083>

copyright (c) Hokkaido Zatsugaku Society