|
1936年のベルリンオリンピックでのエピソード。
棒高跳びに出場していた日本代表の西田修平、大江季雄が5時間以上の熱闘の末、2人のアメリカ人選手と共に勝ち残っていた。これら4人の選手のうち、アメリカ人メドウスが4m35cmのバーをクリアし優勝、次いでやはりアメリカ人セフトンが脱落し、4m25cmクリアの西田と大江が勝ち残った。当然その後は2位・3位決定戦となるはずだが、時刻は午後10時、5時間以上も競技を行っていたので、これ以上は続けられなかった。結局先にバーをクリアした西田が2位となった。表彰台に上った2位西田と3位大江だが、4歳年上の西田は「僕は(1932年の)ロスでもらっているから」と、大江の背中を押し2位の台へ上げた。帰国後2人はメダルを半分ずつに分け、それぞれをつなぎ合わせ、記念とした。
その後大江は軍隊に入隊、1941年12月24日、ルソン島上陸作戦にて部下をかばい敵の銃弾に倒れ27歳の短い生涯を終える。西田は日本陸上競技連盟理事長を務め、1997年4月13日に亡くなった。ちなみに大江の生年月日は1914年8月2日、西田の生年月日は1910年3月21日。
|
|