0116.インカ帝国の黄金伝説
 南米大陸・現在のペルーやチリのあたりにあったインカ帝国。その国には莫大な量の黄金が眠っているという伝説が残っている。
 インカ帝国の建国伝説によると初代皇帝アヤル・マンコの父の遺言が「金の棒を大地の割れ目に突き刺し、深く突き刺さったところを都とするように」というあたりから、すでに金に関する伝説が始まっている。
 鉄がなかったインカ文明では金が釘にまで使用されるほど、日用品に多用されていたといわれている。それほどまでにありふれていた黄金の国に憧れを抱いてこの地にやってきたのが、当時大航海時代だったヨーロッパ人、特にスペイン人だった。
 1532年フランシスコ・ピサロ率いるスペイン軍がインカ帝国にやってきた。鉄器と銃を持つスペイン軍はあっという間にインカ帝国を征服してしまう。捕らえられたインカ帝国のアタワルパ王は、自分を自由にしてくれるなら幽閉された部屋を黄金で満たし、さらに2部屋を銀で満たしてやろうと提案した。ピサロはこの提案を承諾したかのように見せかけ、帝国中から金銀の器・偶像・装飾品などが集められた。これは史上最高の身代金だといわれている。スペイン軍兵士はこれらの文化的、芸術的価値を全く認めず、すべてを鋳つぶし、延べ棒にして本国に持ち帰った。これによって当時、ヨーロッパの金の相場が暴落したといわれているが、これほど多額の身代金を支払ったにもかかわらず、アタワルパ王は最終的に処刑されてしまった。
 その後、スペインの傀儡政権としての初代皇帝トゥパク・ワルパは、杯いっぱいのトウモロコシの粒一つを取り出し「インカの黄金に比べれば、スペインが奪った金の量はこの程度だ」といったといわれている。
 これらの黄金伝説がきっかけで、多くの人が隠された黄金を探り当てようと探検し、さらに空中都市・マチュピチュが発見された。アメリカ人ハイラム・ビンガムが1911年、インカ最後の首都を探しているうちにこの遺跡を発見したものである。マチュピチュはインカ帝国の首都クスコの北西約75kmに位置し、アマゾン側上流のウルバンバ川から約500mも高い山頂に建設された精巧な石造建築物である。現在では麓の駅から30~50度の急勾配斜面をマイクロバスに乗り、曲がりくねった道を約20分も登るとたどり着くが、なぜこのような2万人も収容可能な城砦都市を建設したのか、廃墟になったのはなぜかなど、多くの疑問が残されている。肝心の黄金だが、このマチュピチュ遺跡からは黄金は全く発掘されず、見つかったのは約170体の人骨だけで、そのほとんどが女性だった。

作成 2004.06.21/更新 2004.06.21
歴史
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