0122.Boys,be ambitious.
 札幌農学校(現在の北海道大学)の教頭だったウィリアム・スミス・クラーク(1826-1886)が残したといわれている有名な言葉。「少年よ大志を抱け」とよく訳される。
 アメリカ・マサチューセッツ農科大学の学長だったクラーク博士は、日本からの熱烈な要請により、1876(明治9)年7月札幌農学校へ赴任、農学・化学・英語を指導した。「自由・独立・人間尊重」を教育方針とし、既存の校則を拒否し「校則は一つでよい。それはBe gentleman.(紳士であれ)である」と言った。寮の規則に「生徒ハ米飯ヲ食スベカラズ」と定めたが「但シらいすかれーハコノ限リニ非(あら)ズ」と付け加え、「ライスカレー」という言葉を広めたのは彼だという説もある(あくまでも説であり、正確なところは不明である)。着任から8ヵ月後の1877(明治10)年4月16日、札幌から南24kmの島松(現在の北広島市島松)で、職員や教え子たちとの別れの際に有名な“Boys,be ambitious.”と言い残したといわれている。
 クラークと共に札幌に赴任、彼の見送りにも同行し、彼の帰国後にその職を引き継いだW・ホイラーという人物は、その出来事の6日後の4月22日付で郷里の母宛に手紙を書いているが、例の有名な言葉については一言も言及していない。その後もしばらくこの言葉は公に登場することはなく、初めて登場したのはクラーク帰国の17年後の1894(明治27)年のことである。札幌農学校第1期生の大島正健氏が講演の際にこの言葉に触れ、感銘を受けた予科生の安東幾三郎(後の日伯拓殖取締役)が学内紙にそれを記したときである。この時安東は、当時札幌にいた1期生の佐藤昌介・伊藤一隆・内田瀞らに確認しているので、この言葉はクラークの発言であることに間違いはない。ただ、このようにクラークの有名な発言がかなり後になって登場するようになった背景には、当時の政府が自由なキリスト教精神を札幌農学校から排除しようとした札幌農学校格下げ問題が背景にあったといわれているが、実際のところは不明である。
 ちなみにBoys,be ambitious.のあとに本当は“like this oldman(この老人のごとく)”という言葉が続く。
参考:投稿雑学No.0027「少年よ『大志』を抱け」

作成 2004.07.06/更新 2004.07.06
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