0130.ネクタイ
 ネクタイに限らず首に何かを巻くという習慣は古くから存在する。紀元前210年に死亡した秦の始皇帝の墓陵で発掘された全ての土俑(日本でいう埴輪)の首にはすべて絹の布が巻かれているし、ローマ時代の演説家たちも声帯保護のために、また兵士たちが防寒のために首にフォーカルという布を巻いていた。
 しかし、ファッションとしてのネクタイの原型はクロアチアが元祖であるといわれている。というのは三十年戦争当時の1635年、フランスのルイ14世軍を支持する6000人の軍隊がパリ市内を行進したときにクロアチア傭兵たちが首に巻いていた布を、フランスの王侯貴族たちがまねし流行した。これを「クロアチア」を意味する「クラヴァット」と名付け、現在でもヨーロッパの多くの言語でこの名称がネクタイという意味で用いられている。
 クラヴァットがヨーロッパ全土に広まるきっかけになったのはフランスでの亡命生活を終えてイギリスに帰国したチャールズ2世がこれを巻いていたことによる。当時ネクタイは大変高価なもので、彼は20ポンド12シリング(当時の一般人の5年分の給料に相当)でネクタイ1本を買ったこともあった。
 さらに現在と同スタイルのネクタイが普及したのは19世紀後半、イギリスでのことである。1850年代にはクラヴァットの結び目だけを残した蝶ネクタイやダービー競馬場での正装として誕生したダービータイ、1870年代にはアスコット競馬場での正装として生まれたアスコットタイと、現在よく見られるスタイルのタイが誕生した。さて、現在主流のサラリーマンなどが着用している一般的なネクタイは「フォア・イン・ハンド・タイ(「四頭立ての馬車」の意)」と呼ばれるもので、1890年代に登場。御者のあいだで使われるようになったのが始まりであるとか、イギリス紳士のオスカー・ワイルドが考案したなど、その起源については諸説ある。
 日本にネクタイが渡来したのは1851(嘉永4)年、ジョン万次郎がアメリカから帰国したときにその所持品の中に含まれていたが初めてである。所持品の調書の中に「白鹿襟飾」という記述があり、これは1843(天保13)年にフェアーヘブンで万次郎が買い求めたものである。
 1882(明治15)年、東京日本橋区の田中力蔵が日本でネクタイを初めて販売した。1884(明治17)年10月1日、当時帽子製造業者だった小山梅吉が神田柳原の古着市場で買った舶来のネクタイを分解し、見よう見まねで作ったのが日本製のネクタイ第1号である。その後彼は馬喰町、横山町に店を構え、ネクタイの販売を続けた。大正時代には一般市民にもネクタイが普及、さらに大正末期~昭和初期のモボ・モガの影響もあり、ネクタイは急速に日本で普及した。

作成 2004.07.28/更新 2004.07.28
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