|
ハイチが独立したのは1804年1月1日のことである。中南米地域初の独立国家であり、世界初の黒人共和国として誕生したことも意義が大きい。
ハイチはスペイン領・フランス領を経て独立した。当然植民地時代には奴隷制度があり、先住民族やアフリカから連行されてきた黒人奴隷たちはプランテーションでの強制労働を強いられていた。
そんな折、本国のフランスでフランス革命が勃発。その知らせはハイチにまで届いた。革命により、奴隷たちは形式的に解放された。ハイチでも自由主義思想が広まり独立の気運が高まるが、フランス革命の混乱に乗じてイギリス軍がハイチ占領を試みる。しかし、トゥーサン・ルベルチュールの軍の抵抗により失敗に終わった。以後、トゥーサンがハイチの実権を握ることになる。
1799年11月9日、ブルーメルのクーデターによりフランス本国でナポレオンが実権を握ると、奴隷制復活を画策、ハイチに関してはトゥーサン派の排除と黒人の政治的権利の剥奪を試みた。1802年、ルクレール率いるフランス軍はハイチへ侵攻、制圧し奴隷制が復活した。これに対しデサリーヌらは反乱を開始(トゥーサンは制圧時に逮捕・投獄され、翌1803年に獄死した)。ついにフランス軍追放に成功し、独立を宣言した。
デサリーヌは終身大統領に就任(同年ハイチ皇帝ジャン・ジャック1世として即位)、1806年に暗殺されるまでその座に就いた。後のハイチは軍事独裁政権とアメリカ合衆国による干渉を繰り返すことになるが、独立国家としての地位は守り続けられている。
|
|