0148.ラジオ体操
 ラジオ体操のルーツは実はアメリカである。1925(大正14)年3月、ニューヨークに本社を置くメトロポリタン生命保険会社が保険加入の広告として放送したのが始まりである。同年7月、2年前より海外の保険事業を視察していた逓信省(現郵政公社、旧郵政省の前身)簡易保険局の監督課長がこれを紹介した。当時は関東大震災、金融大恐慌が続き、国民の栄養状態は悪化、結核による死亡者は人口1万人あたり20人弱と米国の7人を大幅に上回っていた時代である。国民の健康増進策としての関心が高まり、1927(昭和2)年8月、同簡易保険局は昭和天皇即位の大礼の記念事業としてラジオ体操の創設を決定した。当時の文部省の専門家らが振付を考案し、1928年9月「(旧)ラジオ体操第一」を制定、同年11月よりNHKが放送を開始した。その翌月には3枚1組のレコードも発売されている。1929年2月より全国放送されるようになった。
 東京・神田のとある巡査が「子供早起き大会」として「ラジオ体操の会」を結成、これがきっかけとなり、毎朝集まってラジオ体操を行うという習慣が全国に広まっていった。
 1932(昭和7)年7月、ラジオ体操第2が登場。これは大人を対象にした体操だった。同月「全国ラジオ体操の会」が誕生。このころにはすでにラジオ体操が国民的な行事と成長していた。
 1937年の日中戦争突入を機に、ラジオ体操は銃後を守る国民体力の増強策としての意味合いを強めていく。国民の全員参加が呼びかけられた時もあり、体操の際には必ず国旗掲揚・君が代斉唱が行われるようになった。政府は日米開戦後も戦意高揚の面からラジオ体操を重視、終戦まで1日3回続けた。
 1945(昭和20)年8月15日、日本の無条件降伏に伴い戦前スタイルのラジオ体操放送いったん打ち切られるが1週間後には再開。しかし日本の軍事色払拭を目指すGHQの干渉を受け廃止。1946年より新しいスタイルのラジオ体操(第1~第3まであった)にリニューアル。しかし、振り付けの難しさと、生活の窮乏のゆえにラジオが聞かれなくなったこともあり、あまり普及せず1947年には放送中止となった。
 1951(昭和26)年、「いつでもどこでもできるもの」を目指し改良を加えられた新しいラジオ体操で、放送が再開される。これが現在行われている「ラジオ体操第1」である。翌年には職場向けに制作された「ラジオ体操第2」の放送も開始され、現在に至っている。

作成 2004.11.03/更新 2004.11.03
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