| ■0319:こんなところに朝鮮王家の名残が |
■たろう 2006.11.08 00:04
新宿を後にし、向かった先は赤坂・紀尾井町。紀伊徳川・尾張徳川・井伊の頭文字をあわせて、1872(明治5)年に「紀尾井町」と命名。
さて、そんな紀尾井町にあるのが「赤坂プリンスホテル」。新宿パークタワー同様、40階建ての新館タワーは丹下健三氏による設計。しかし今回の主役は、その裏手口にひっそりと建つ、写真の旧館。
こちらはなんと、日韓併合の際、日本の皇室に組み込まれた朝鮮の李王家が、東京の住まいとして使用されていたところ。戦後は赤坂プリンスホテルとなり、現在に至っています。
朝鮮王家の名残ばかりだけではなく、東京にはこうした戦前の皇室の名残が今でも見られており、そういうのを見てまわるのもまた面白いものです。 |

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| あれ、合成写真みたいに見えますね |
■ごま 2006.11.08 00:23
紀尾井町、頭文字を取ったというところがおもしろいですね。市町村合併でもよく見られた命名方法です。
昔の皇族や王家の住まいの建物って、その建物自体が何かしら雰囲気がありますね。でも、なぜか洋館が多いんですね。明治維新以降はやっぱり西洋指向ということかな。
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| 洋館…ようかん…羊羹 |
■たろう 2006.11.08 01:19
たしかに旧宮家の住まいに洋風建築を取り入れいるケースって多いようです。やはり明治以降の日本の欧化政策の影響なんでしょう。中でも面白いのは、旧朝香宮邸として建てられた現在の東京都庭園美術館。ここの宮様がパリ留学中にアールデコに出会い、その影響で自宅をすべてアールデコ洋式にしたというもの。一部にアールデコ様式を取り入れた建物というのはわりとあるようなんですが、建物全体となると世界でも数えるほどしかないとか。
こんな風に書くと、皇族関連の建造物がすべて洋館と思われそうですが、中には旧久邇宮邸(現・聖心女子大学久邇パレス)のような純和風建築もあります。
写真の後ろ側のビル、なんとなく合成に見えますが、そう見えるだけです。新館は半ばガラス張りに近い建物なので、光なんかの関係でやたらと浮いて見えてしまっています…。
ということで、写真は旧館内部の階段の踊り場です。 |

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| ご無沙汰です |
■Hoshiyan 2006.11.09 12:22
皇族の所有地をただ同然で譲り受け、プリンスの名前で権威付けしてホテルを創業したのが堤康次郎氏だね。
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| まあ、そういうことです。 |
■たろう 2006.11.10 00:26
Hoshiyanさん、ご無沙汰です。体調はその後いかがですか?
プリンスホテルになった東京の旧皇族関連の施設といえば、赤坂のほかに高輪・新高輪がありますね。あと、大磯にある吉田茂の旧邸宅も大磯プリンスホテルの一部に組み込まれてますね。ちなみに伏見宮邸の敷地は現在ホテルニューオータニになっています。
結局、敗戦直後にGHQが天皇直系以外の宮家を皇籍離脱させ、さらに金持ちたちから財産税を取り立てたせいで、こうした財産を手放す羽目になったようで。おかげで、今ではこうした昔の名残を一般人でも気軽に見学できるようになったので、いいことといえばいいことなのですが…。
それはともかく、オマケに旧館内の写真をもう一枚。 |

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| かっこいい |
■ごま 2006.11.15 00:41
家をリフォームしたら、こんな感じにしよう!
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