0027.少年よ「大志」を抱け
沼五郎様 からの投稿雑学
 クラーク博士の有名な言葉、「少年よ大志を抱け」ですが、実を言いますと博士はこの様な意味で言ったのではないらしいんですよね。
 ambitionですが勿論「大志」と言う意味もありますが本当は少年ならば「野心」を持つ位の心意気を持ち生きていけ!と言う意味が込められているとラジオのDJの人が言って居たのを良く覚えております。しかしながら、「野心」などというと誤解を招く恐れがあるために「大志」という風に変えられたと言っていました。検証は出来なくてスミマセン。私としては満更、DJがいい加減な事を言うとは思えないのですが。


たろうの補足
この言葉自体については様々なことがいわれているが、一般に登場するにいたったいきさつについては、北海道雑学研究会No.0122「Boys,be ambitious」を参照。
現在、一般によく知られる続きの言葉は以下のようなもの。実際にクラーク氏が発言したものとは異なるが、ambitiousが「大志」と訳されるきっかけになった文章である。1964(昭和39)年3月16日の朝日新聞『天声人語』によるもので、例の部分を「青年よ大志をもて」訳しているが、この出典として稲富栄次郎の『明治初期教育思想の研究』(1944(昭和19)年)が挙げられている。ambitiousを「大志」と訳したのは、この時が最初と思われる。1918(大正7)年の『教育大辞書』増訂改版に「氏の意図したところ」として紹介されているが、稲富氏が前述の著書を著すときにこれを「氏の発言」と誤解したのが発端らしい。

 “Boys, be ambitious! Be ambitious not for money or for selfish aggrandizement, not for that evanescent thing which men call fame. Be ambitious for the attainment of all that a man ought to be.”
 「少年よ、大志を抱け。お金や自己顕示のためではなく、人々が名声と呼ぶ消えゆくもののためではない。すべての人が目指すべき業績のために大志を抱け」(たろう訳)

しかし、クラーク氏との別れの際、見送りに来たほとんどの学生たちが彼の例の言葉に気を留めていなかったことや、かなり後になってからこの言葉が一般に知られるようになったことを考えると、別れ際にクラーク氏が「君たち、これからも気合入れてがんばってくれよ」と軽く励ましたに過ぎない、というのが事の真相のようである。

投稿日 2005.01.14
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