0045.浦島太郎伝説in長野 寝覚めの床
Hoshiyan様 からの投稿雑学
 我が実家近くに残る伝説です。信憑性からいうと、やや桃太郎に劣りますかな?
 浦島太郎は丹後の国水之江の役人の息子だという記録がある。雄略天皇の時代、沖で釣りをしていたところ亀が釣れた。太郎の家臣達が殺そうとしたが、太郎は哀れを感じ逃がしてやった。
 しばらくしてから太郎が海辺の松林を歩いていたところ、美しい乙女と出会った。太郎は乙女が誘うままに歩いていくと、水晶が敷き詰められた広い庭に着いた。そして、そこには赤い珊瑚で造られた宮殿があったので「ここはどこか?」と尋ねると、乙女は「ここは常世の国でこの建物は竜宮です」と答えた。乙女と宮殿の奧へ入っていくと黄金の冠をかぶった竜王が現れた。竜王は「私はここの王で、お前は私の娘の命を救ってくれたからその恩返しをしたい」と言って御馳走を並べてもてなした。
 楽しい宴会が何日も続いたが、ある時、太郎は鶏の鳴き声を聞いて故郷のことを思い出した。太郎が竜王にそのことを伝えると、竜王は太郎に再会を約束し弁財天像と「万宝神書」と名付けられた巻物、「絶対に開けてはならない」とした小さな玉筐(玉手箱)を与えた。太郎はこうして故郷に戻ってきた。
 しかし、故郷はすっかり変貌しており、父母も親戚も誰もいない。何故かと思い海辺の老人に尋ねると太郎が故郷を離れてから300年も経っていたことが分った。太郎は大変驚き、竜王から贈られた「万宝神書」を思いだし、中を開いてみた。すると、そこには飛行自在の秘術と長寿延命の秘薬の製造方法が書かれていた。それを読んで飛行の術を学んだ太郎は各地を飛び回った。その太郎がたまたま木曽の寝覚めの里に来た時、この地の奇岩の美しさに魅了され、ここに滞在することにした。暫し、太郎は船遊びや釣りを楽しんで暮らしていたという。
 釣り仲間と玉筐の話をしていたある時、竜王との約束を忘れそのふたを開けてしまった。すると、紫の煙が立ちのぼり煙が太郎を包むと300歳の老人になってしまった。この時に、太郎は飛行の術も使えなくなってしまった。その後、後悔ばかりの毎日だったが938年の春、太郎は行方知れずになった。そして、二度と再び、木曽の寝覚めの里人々はその姿を見ることはなかった。
 しばらくして、村人が太郎が釣りをしていた岩の上に弁財天の像が置いてあるのを見つけた。村人たちはこの岩の上に祠を建てて像を納め「寝覚山臨川寺」を建立した。
長野県上松町臨川寺「ふるさとの伝説」より

たろうの補足
雄略天皇は第21代天皇で在位は456~479年。『宋書』『梁書』の倭国伝で「倭王武」として記されており、478年には宋に遣いを送り「使持節都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍事・安東大将軍・倭王」の称号を授かっている。
相対性理論の中で、亜光速の乗り物で移動する時、乗り物の内部は周囲の時間よりもゆっくりと流れるという現象を、俗に「ウラシマ効果」と呼んでいるが、欧米ではではこの現象のことを「リップ・ヴァン・ウィンクル効果」と呼ぶこともある。こちらはアメリカの作家ワシントン・アーヴィング(1783.4.3-1859.11.28)が書いた短編小説集“The Sketch Book of Geoffrey Crayon”の中の一話に登場する主人公で、主人公が一晩眠って目が覚めたら20年経っていたという、浦島太郎伝説に類似した内容の物語である。

投稿日 2006.08.30
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