0062.松永久秀と織田信長
Hoshiyan様 からの投稿雑学
 織田信長に、三大悪事を成し遂げた男と呼ばれた松永久秀。その三大悪事とは、主家の三好氏を滅ぼしたこと、傀儡の将軍を擁立するために足利義輝を殺したこと、東大寺の大仏殿に火を放ったこと。
 松永久秀も本家にあたる清洲・岩倉の両織田家を滅ぼし、足利義昭を追放し足利幕府を滅亡させ、比叡山延暦寺に火を放った織田信長だけには言われたくないだろうな。
 そんなだから、本当は、信長は松永久秀が悪いことをしたと思っていなかったんだろう。後に自分の家臣にしているくらいだから。

たろうの補足
松永久秀の前半生については諸説あり、はっきりとしたことは分からない。そんな彼が歴史の表舞台に登場するようになったのは、1540年に三好長慶に仕えるようになってからである。後に久秀は三好長慶の娘と結婚している。
主君の三好氏を自分の傀儡とし畿内の実力者となった久秀だが、1568年、織田信長が上洛するとすぐに降伏、信長の家臣として仕えるようになった。しかし、将軍・足利義昭を中心とする反信長勢力が拡大し信長側の形勢が不利になると、今度は反信長勢力の側に翻った(1573年3月)。その後、信長の最強の宿敵・武田信玄の病死により武田軍が甲斐国に撤退、織田軍の反攻が開始され室町幕府が滅亡してしまうと、再度信長に降伏し家臣として仕えたが(1573年11月)、石山本願寺攻略時に再度反信長勢力側に寝返る(1577年)。信貴山(しぎさん)城に立てこもった久秀だが、織田軍の攻撃が始まると天守閣にて爆死した。
信長が久秀のことを「三大悪事を成し遂げた男」と呼んだのは、徳川家康に久秀のことを紹介した時の言葉であるといわれている。
久秀は武野紹鴎に師事した茶人としても知られており、『九十九髪茄子』『平蜘蛛茶釜』などの名茶器を所有していたことでも知られている。『九十九髪茄子』は1568年の信長上洛時に降伏の印として信長に差し出しているが、『平蜘蛛茶釜』は1577年に信貴山城天守閣で最期を遂げた際に叩き割られている。この時久秀は信長に『平蜘蛛茶釜』を差し出せば助命すると言われていたが、それを拒否していた。

投稿日 2007.03.21
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