0065.むすんでひらいて
Hoshiyan様 からの投稿雑学
 フランスの哲学者・政治思想家・教育思想家であるジャン・ジャック・ルソーはフランス革命にも多大な精神的影響を及ぼしたが、幼少期に日本の幼稚園・保育園等に在園していた人であれば一度は歌ったことのあるであろう「むすんでひらいて」を作曲した。ルソーは音楽家として有名な『優雅な詩の女神たち』(オペラバレエ)などの作品を残しており、ルソーが作曲したオペラ曲『村の占師 Le Devon du vollage』は、1753年3月1日にオペラ座で初演されたが、このオペラの第8場の黙劇による劇中劇、いわゆる幕間劇(パントミム)の冒頭に現れる旋律が、日本における「むすんでひらいて」のメロディーの原曲といわれる。

たろうの補足
ちなみにこの曲、戦前までは違う歌詞で歌われていた。現在広く歌われている『むすんでひらいて』の歌詞が初めて登場したのは、1947(昭和22)年5月に、当時の文部省が刊行した終戦後初の音楽教科書『一ねんせいのおんがく』の中の4曲目で、作詞者は不明となっている。
この曲が日本に初めて登場したのは、1881(明治14)年、近代日本初の音楽教科書『小学唱歌集』初編(文部省音楽取調掛編著)の中。当時のタイトルは『むすんでひらいて』ではなく『見渡せば』というものであり、、『古今和歌集』巻一に収められた素性法師の和歌をベースに、柴田清照と稲垣千頴が作詞したものであった。ただ、小学生の歌としては高尚すぎる内容であったため、明治時代後半にはすでに歌われなくなっていた。
『見渡せば』が廃れた後も、メロディーだけは生き残り、明治末期から太平洋戦争終結時にいたるまで、軍国主義的な歌詞が付けられた軍歌として広まっていった。歌詞にはいくつかのバリエーションがあり、それに合わせてさまざまなタイトルが付けられていった。
ルソーが作曲したこのメロディーは、のちにヨハン・バプティスト・クラーマーという人物が1812年に作曲した変奏曲『ルソーの夢 Rousseau’s Dream』の中でアレンジされ、これが日本では『むすんでひらいて』のもととなった『見渡せば』となった。一方、19世紀のイギリスでは賛美歌として採用され、のちに『グリーンヴィル』という名で世界中に広まっていったが、『見渡せば』同様、長く歌い続けられることはなかった。またアメリカ合衆国では、民謡として19世紀後半より広く歌われるようになった。歌の内容はいくつかのバリエーションがあるものの、基本的にはガチョウが死んで羽毛のベッドになってしまう、というものである。

投稿日 2007.05.20
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