ひとくち雑学

ミニトマトは日本では1980年ころから栽培されている。
小さく調理の手間が省けることから、初めは主に旅客機の機内食として使われていた。

[01] 時間が止まってしまった街? 普通列車で夕張へ (前編)

 2017年11月12日、夕張まで乗り鉄することにしました。

2017.11.12

 夕張駅は、石勝線の新夕張駅から夕張市の中心街へ伸びる支線の終着駅となっています(※2019年に新夕張-夕張間は廃止となりました)。1981年までは新夕張駅から根室本線の新得駅までつながっておらず、夕張駅は名目ともに夕張線の終着駅でした。

 乗り鉄ついでに夕張の街を歩いてみようと思い、夕張まで向かうことにしました。

普通列車に乗車

 まずは千歳駅で夕張行きの普通列車に乗ります。

キハ40系

 キハ40系気動車です。国鉄時代より全国の非電化区間で広く利用されているディーゼル車です。

 国鉄がJRになった1987年当初の北海道には157両あったそうですが、2016年現在、まだ137両が現役で働いてます。そんな長く親しまれている形式の列車に乗って、夕張へ向かいます。/

2017.11.12

 自宅の最寄り駅で買っておいた朝ごはんです。お茶とおにぎりを頬張りながら、小旅行を楽しむことにします。

谷田のきびだんご

 こちらも自宅最寄りの駅で買っておいた「谷田のきびだんご」です。岡山県のきびだんごとはまったく別物で、こちらは北海道独自の駄菓子です。

2017.11.12

 包装を開けると、このような板状の団子が出てきます。食感は溶けないキャラメルのような感じです。

 写真の谷田製菓以外にも、北海道内数社がこのきびだんごを作っており、いずれも「日本一のきびだんご」という商品名で販売しています。札幌近辺のキオスクでよく見かけます。

 誕生したのが1923年、あの関東大震災があった年で、震災復興や北海道開拓精神の祈りを込めた「起備団合」から「きびだんご」と名付けられたそうです。

 ローカル線独特ののんびり感を楽しみながら、おにぎりやきびだんごを食べているうちに、列車は室蘭本線と石勝線が交わる追分駅に到着しました。

追分駅

 追分駅は、1892年に開業した歴史のある駅で、石炭輸送の中継地として栄えていました。

 町の名前も「室蘭本線から夕張線への分岐地点(追分)」であることから、追分町(現・安平町)となりました。

 現在は、札幌から帯広・釧路方面を結石勝線と、岩見沢から苫小牧・室蘭方面へと伸びる室蘭本線が発着しています。

 ホームから広い空き地が広がっていますが、ここにはかつて追分機関区(後に追分運転所)という運転の拠点がありました。

 通常営業運転最後のSLであるD51など、多くの機関車もここに配置されていました。現在この跡地には安平町鉄道資料館があります。

 追分駅(鉄道資料館)と室蘭本線・石勝線の位置関係はこのような感じになっています。

 石勝線の線路は、夕張方向の線路も千歳方向の線路も、室蘭本線と合流するような形となっており、追分駅を発車後、また分岐するという形になっています。夕張方面から来た線路が室蘭・苫小牧方面に向かって合流する形になっていることから、夕張の石炭が室蘭港へ運ばれていたことがよく分かります。

 列車は追分駅で、後から来た特急列車が追い越すのを待ったあと、また夕張方面へと進んでいきます。

後編はコチラ

2017.11.12

投稿者プロフィール

たろう
元学習塾講師。
雑学と街歩きについての記事を、主に書いています。
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