ひとくち雑学

カニ缶の中に入ってる紙は「硫酸紙」や「酸性パーチ」と呼ばれるもの。
カニの肉に含まれる微量のマグネシウム、アンモニウム、リン酸が、缶詰の鉄や錫と化学変化を起こし、ガラス質のリン酸アンモニウムマグネシウムを作り出す現象(ストラバイト現象)を防ぐ効果がある。

[02] 時間が止まってしまった街? 普通列車で夕張へ (後編)

前編はコチラ

 列車は追分駅を発車しさらに夕張方向へ進みます。

川端駅で10分停車

2017.11.12

 東追分駅が廃止(正確には信号所に格下げ)になり、追分駅が川端駅の隣の駅になっていましました。

 そのため、駅名標のとなりの駅の表示部分も、「おいわけ」の部分が他の部分と違い、あとで訂正したのがよく分かるように新しくなっています。

 下のツイートでアップした写真が、分かりやすいかなと思います。

 停車時間が長かったので、川端駅のホームに降りてみると、ホームの柵の向こうに、こんなオブジェを見つけました。

2017.11.12

 明らかにダムの模型です。後日検索して出てきた写真と比較してみた限り、近くを流れる夕張川にある、川端ダムの模型のようです。

新夕張駅から夕張支線へ

 列車は新夕張駅から夕張支線に入り夕張駅へと向かいます。

 この新夕張駅から、石勝線が新得・帯広方面へ伸びていますが、本来は現在の夕張支線である区間がメインの区間で、新夕張から新得までの間は1981年10月に開通した、比較的新しくできた区間です。千歳空港駅(現・南千歳駅)と追分駅の間も、この時に開通しました。

 「新夕張駅」の名前は、この石勝線開通時につけられたもので、それまでの駅名は「紅葉山駅」でした。

大夕張鉄道と接続していた清水沢駅

 列車は清水沢駅に到着しました。

 駅舎からホームまでなぜか距離がありますが、これは現在空き地になっている部分に、かつて三菱石炭鉱業大夕張鉄道線のホームがあった名残です。

 この鉄道路線は、三菱大夕張炭鉱から採れた石炭を輸送することはもちろんこと、夕張岳から伐採された木材の輸送も行なっていました。それらの資材や旅客を国鉄夕張線と接続させるため、1947年1月に乗り入れが始まり、1987年1月に廃止されるまで利用されていました。

 かつて線路があった場所なので、当然それをまたぐように跨線橋があり、廃止後もしばらくは存在していましたが、2005年ごろまでにはそれも廃止となり、現在はツイートの写真のような地上通路が設けられています。

夕張駅に到着

2017.11.12

 列車はさらに進み、ついに終点の夕張駅に到着しました。

2017.11.12

投稿者プロフィール

たろう
元学習塾講師。
雑学と街歩きについての記事を、主に書いています。
YouTubeチャンネル「たろ散歩」もぜひご覧ください!