2002年10月 氷川丸の中を探検してみよう!

 みなとみらいを船で離れ山下公園へ。


2002.10.30 撮影

 まず最初に訪れたのは氷川丸。1930(昭和5)年に横浜船渠株式会社(現在の三菱重工業株式会社横浜製作所)で建造され主に北太平洋航路で利用されていた日本郵船の貨客船です。船名は埼玉県大宮市にある氷川神社にあやかって名付けられました。



 全長163.3mで総トン数は11,622トンあります。処女航海は同年5月13日~27日の神戸-シアトル航路。その後、ロンドン軍縮会議の批准書を輸送したり、嘉納治五郎が船内で死去したり、チャップリンが乗船したりするなど、数々の歴史を刻んできました。現在の場所には1961年より係留されています。


2002.10.30 撮影
 エンジンテレグラフ。船のエンジンの加減速や停止をブリッジ(操舵室)から機関室へ伝えるものです。もう少し近づいてみると…

2002.10.30 撮影
 東京計器製造所とJISマークの表示が読み取れます。東京計器製造所(現・東京計器株式会社)という社名が使われた期間が1948(昭和23)年12月21日以降で、かつこのJISマークが1949(昭和24)年7月1日施行の工業標準化法で制定されたものであることから、戦後に取り付けられたものであることがわかります。


2002.10.30 撮影
 機関室。この時撮影した機関室内はこの2枚だけでした。上の方に行ってみます。


2002.10.30 撮影
 ブリッジ(操舵室)です。船といえばこの操舵輪!というイメージですが、現代の大型客船ではすっかり見かけなくなりました。


2002.10.30 撮影
 特別船室です。この部屋には秩父宮殿下ご夫妻やチャップリンなど数多くの著名人が乗船しました。1960年の最終航海当時の乗船料は1000ドルでした。


2002.10.30 撮影
 一等社交室、そして…


2002.10.30 撮影
 一等喫煙室です。一等船客は乗船中このような豪華な設備の中で快適に過ごすことができました。氷川丸が造られた当時の船内インテリアは英国様式を採用することが多かったのですが、氷川丸はそのような中で当時最先端の流行だったアールデコ様式が採用された客船として大変話題となったそうです。
 氷川丸は数多く就航していた戦前の貨客船で現存する唯一のものでインテリアも含め大変貴重な産業遺産でもあり、2003年に横浜市有形文化財に、2007年には経済産業省の近代化産業遺産に、そして2016年には国の重要文化財に指定されました。


2017.09.28 作成
2017.11.10 更新

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投稿者: たろう

京大進学を目指す学習塾教室長・40代独身。お嫁さん随時募集中。