2002年11月 新幹線から富士山を見よう

 渋谷・原宿から次なる目的地を目指しますが、その前にちょっとだけ御茶ノ水に寄り道をしたようです。


2002.11.02 撮影
 「御茶ノ水」という地名はこの地にあった金峰山高林寺というお寺の湧き水を使ったお茶を鷹狩りの帰りに立ち寄った江戸幕府2代将軍徳川秀忠が飲んで以来、徳川家御用達の水になったことから名付けられました。この地域で時折見られる「茗溪(めいけい)」という名称も御茶ノ水の雅称を由来としています。



 関東大震災の震災復興橋梁として1927年に神田川に架けられた聖橋です。橋の両側にある湯島聖堂とニコライ堂を結ぶ橋であることから聖橋という名前が付けられました。設計は後に日本武道館や京都タワービルを手がけることになる山田守です。この2日前、西新宿パークハイアット東京にチェックインしたあとにもここを訪れています。

2002.10.31 撮影
 この写真です。聖橋のアーチの向こうに見える平らな橋は東京メトロ丸ノ内線です。区間でいうと御茶ノ水駅と淡路町駅の間になります。さらに奥のネオンが点灯しているビル街が秋葉原電気街です。橋の脇には1904年12月31日に開業したJR中央線の御茶ノ水駅があります。現在の駅舎は1932年の総武本線乗り入れ時に改築された2代目駅舎で、万世橋にあった交通博物館や戦災復興の東京駅、東京駅八重洲口など多くの国鉄駅舎を手がけた伊藤滋によるもので、駅舎に待合室がなくやってきた乗客をそのままホームへ流す設計の駅はこの駅が初めてだそうです。

 そして東京駅へまた来ました。今度はここから東海道新幹線に乗って移動します。この記事を書いているちょうど15年前なので、新幹線の車両もずいぶん様変わりしました。


2002.11.02 撮影
 手前が300系で奥が100系車両です。



 100系車両は初代0系車両に替わるものとして1985年10月1日より運用が開始され、東海道新幹線では2003年9月16日、山陽新幹線では2012年3月16日に引退しています。300系車両はこれまでの運転速度を50km/h上げるために製造され、1992年3月14日より運用を開始し2012年3月16日に引退しました。


2002.11.02 撮影
 こちらの写真は左が100系で右が300系車両です。よく見るとライトが赤く点灯していますが、これは列車の最後尾(進行方向の反対側)ですよというサインです。


2002.11.02 撮影
 この時乗車したのはこちらの300系車両の新幹線です。北海道民で道外にはたまにしか行かないので新幹線に乗ることはちょっとした旅のハイライトになります!


2002.11.02 撮影
 この時はグリーン車に乗って移動しました。以前は日本の鉄道も1等・2等・3等の名称で座席の等級が分かれていました。これは乗車する等級により運賃そのものや特急料金が違う当時の制度でした。時代の変化とともに1960年6月1日より2等級制(旧1等・2等→新1等、旧3等→新2等)に変わり、1969年5月10日より運賃自体は乗車する等級で区別されることはなくなり、特急料金のみがグリーン車と普通車で変わるという制度に変わりました。2011年3月5日より登場したグランクラスは従来のグリーン車のよりも快適なつくりとなっており特別料金もかかりますが、制度上はグリーン車の一種として扱われています。

 さて300系新幹線は東京駅を発車し西へ向かいます。途中富士山もよく見えました。

2002.11.02 撮影

2002.11.02 撮影
 この時は頂上部分に少し雲がかかってしまっていました。新幹線からの景色を見ると富士山の裾野になだらかな地形が広がっていることがよく分かります。新幹線でいうとちょうどこの新富士駅のある辺りの区間です。

 こうして次の目的地へ向かいます。


2017.11.07 作成

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投稿者: たろう

京大進学を目指す学習塾教室長・40代独身。お嫁さん随時募集中。